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.国際  投稿日:2023/3/30

スウェーデンの過疎地域発「ボトムアップ型地方創生」


宮下祐真(北欧研究所)

安岡美佳(北欧研究所)

【まとめ】

・過疎化が進んだイェムトランド県では、「イェムトランドモデル」と呼ばれる独自の地方創生のモデルが生まれた。

・同モデルでは市民中心の協同組合、女性の社会進出、観光業のDX化などにより社会課題の解決を目指している。

・その特徴は「ボトムアップ」「ネットワーク」「パートナーシップ」「触媒作用」であり、日本が学べる点も多い。

 

日本が抱える「人口減少」や「過疎化」と呼ばれる社会問題は、福祉国家として知られるスウェーデンも抱えている問題である。一方で、スウェーデンのある過疎地域では、人々が地域課題の解決のために自ら協同組合を結成し、地域の活性化を進めるというユニークな取り組みが行われている。

本記事では、「過疎化」という社会問題に立ち向かい、市民たちが自ら協同組合を結成し、「地方創生」を進めるスウェーデンのイェムトランドの事例を紹介したい。

スウェーデン北西部の内陸に位置するイェムトランド県は、「人口希薄地域」(*1)と呼ばれる過疎地域が占める割合が29.5%存在する(*2)。スウェーデン全体で人口希薄地域に住む人の割合は2.1%であることを考えると、人口希薄地域の占める割合が高いことが分かる。イェムトランド県の面積は約4万9000km2と、日本の中国地方と四国を足した大きさを誇る。

一方で人口は2021年時点で13.2万、人口密度は約2.7人/km2であり、これはスウェーデンの人口密度の約26人/km2の10分の1ほどである(*3)。イェムトランド県の県土の内、約半分は森林に覆われており、森林に覆われた広大な面積の中に少ない人々が生活をする様子は、日本の中山間地域と似たような風景を思い起こさせるだろう。

図)イェムトランド県(赤枠)の位置

出典:Google maps(https://www.google.com/maps)(最終閲覧日:2023年3月27日)

このようなイェムトランド県で地方創生の事例が誕生した背景には、人口減少があった。

イェムトランド県は、1950年代から人口減少が著しく進んだ(*4)1950年代からスウェーデンでは製造業を中心とした経済成長期を迎え、第一次産業が中心であった北部から、第二次産業が栄えていたストックホルムを中心とした南部に人口が流出していった。スウェーデン北部の地域では、毎年約1万3千人の人口が南部の都市へ流出した。

イェムトランドは1955年から1970年の15年間で人口が約1.9万人減少し、割合で見ると約13.3%人口が減少することになった(*5)。北部で人口減少が進む中、スウェーデン議会では都市部と過疎地域の格差を是正するための政策の必要性が議論されていった(*6)。そして都市部に立地する製造業の工場を、北部を中心とした過疎地域に移転することを促すため、税の優遇や補助金といった支援策が打ち出されていった。これらの政策によってイェムトランド県の人口は1970年をピークに下げ止まったものの、工場の誘致に失敗し、人口減少によって税収が減少していた。その結果、医療や教育などの基本的な行政サービスの維持が困難になり、イェムトランド県の地域住民の中には生活に対する不安が広がっていた。

イェムトランド県の人口の推移(1945年~1990年)

Statistics Sweden(https://www.scb.se/)より筆者作成(最終閲覧日:2023年3月27日)

そのような社会不安が広がる中、1980年代に地域の市民が立ち上がり、協同組合を結成して地域課題の解決を図るという動きが現れた。そして、その運動は1990年代に「イェムトランドモデル」と呼ばれる独自の地方創生の事例として結実し、注目を集めるようになる。

このイェムトランドモデルとはどのように始まり、どのような特徴を持っているのだろうか。

まず、イェムトランドでは1983年に協同組合として共同保育所が結成された。この背景には女性の社会進出のために、女性が働いている間に子どもを預ける場所を確保する必要があった(*7)。第一次産業が中心のイェムトランドでは女性の雇用先が少なく、家父長制的な文化も都市に比べて残っており、女性は地域社会の中で孤立しがちであるという社会問題が存在していた。しかし、共同保育所の設立をきっかけに、その後も女性が中心となって協同組合の設立が進められた。たとえば、高齢者向けの介護施設や地域に雇用を作ることを目的とした伝統工芸や農水産業の加工業を営む協同組合が結成されていった。これらの協同組合は「新しい協同組合」という性格を有するものであった。

「新しい協同組合」とは、1970年代を中心に拡大した大規模化した協同組合とは異なり、地域の市民が地域課題の解決を目指して結成する小規模な協同組合である(*8)このような新しい協同組合の結成には、古くからイェムトランドでは協同組合のような組織を作って社会的な活動をしてきた歴史があったことに加え、地域の知識人によるサポートがあった。スウェーデン中央大学の教授が地域課題の解決を目指す小規模な協同組合を設立することを理論面・実践面でサポートし、勉強会や研修を開いたことでイェムトランドに広がっていくことになった。

このようなイェムトランドの協同組合の活動もあって、イェムトランド県の人口は1990年代前半には1970年の12.5万人から13.5万人まで回復することになった(*9)そしてこのような成果を挙げた結果、国内外からイェムトランドの活動が注目を集めるようになった。1995年にはイェムトランドの活動は「イェムトランドモデル」としてまとめられ、対外向けに「スウェーデンの地域開発 イェムトランドモデル」というレポートが発表された。このレポートやイェムトランドモデルを分析した研究では、イェムトランドモデルの特徴として、以下の4つの要素が挙げられている(*10)

その特徴とは、地域住民が主体となって課題解決を目指す「ボトムアップ」、協同組合の活動を行う市民同士が互いに刺激し合い、協同組合活動を促進する「ネットワーク」、他の協同組合との協力関係や財政支援や情報提供によってサポートしてくれる自治体との「パートナーシップ」、以上の三つの活動を促す「触媒作用」(例えば、1980年代にはスウェーデン中央大学の教員が開いた勉強会や研修が協同組合の設立を促していた)の4つである。

その後1990年代後半には金融危機などもあって再び人口減少を経験し、人口は12.6万人ほどにまで落ち込んだ。しかし、イェムトランドモデルを軸にした協同組合の活動は継続され、2010年前後から再び人口増に転じ、2021年時点では13.2万人と1990年代のピークである13.5万人に迫るほどにまで回復している(*11)

イェムトランド県の人口の推移(1990年~2020年)

Statistics Sweden(https://www.scb.se/)より筆者作成(最終閲覧日:2023年3月27日)

最後に、最新の事例としてイェムトランド・ヘルイェーダレン・ツーリズム(以下、JHT)と呼ばれる観光産業の協同組合の事例を扱いたい(*12)

JHTは、イェムトランド県の観光業の発展を目的に観光地や民間企業などによって1995年に設立された協同組合である。イェムトランドにおいて観光業は主要な産業である。豊かな自然を生かしたハイキングや上質な雪を利用したウィンタースポーツを目的に、人口13万人の都市に年間1130万人の観光客が訪れる。2021年の観光業の売り上げは56億SEKであり、地域に7700人分の雇用を生み、多くの税収を県にもたらしている(*13)

写真:オーレ・イェムトランド

出典:Jean Lapin/GettyImages 

近年JHTは観光業の新たな発展のために、デジタルトランスフォーメーション(以下、DX)の促進を進めている(*14)2019年1月よりJHTは2年かけてデジタル媒体を使って商品やサービスの宣伝を行い、観光客とのコミュニケーションを通してニーズの調査や新商品・サービスの開発を行い、競争力を向上させる戦略を進めるという目標を打ち出した。

また2020年から新型コロナウイルスが流行したことで、JHTは新たにデジタルコミュニケーションについての講座と個別トレーニングの実施を行った。企業の紹介をJHTのHPやニュースレターへ掲載するためのスキルアップも進められ、デジタル化を進めるためにJHTが実施したプロジェクト数は104になった。コロナ禍によるデジタル需要の高まりもあり、JHTの取り組みの結果としてデジタル技術を向上させた企業・団体は目標だった40社を大きく超える256社に上った。

2020年は新型コロナウイルスの影響でイェムトランドの観光業は大きな打撃を受けていた。外国人宿泊客は前年比で67%減少し、観光業の売り上げは0.92億SEKと約2割減少していた。しかし、観光産業のデジタル化が進んだことで、新しいスキー客への認知拡大などに繋がり、2021年のスキー客はコロナ禍以前の2019年に比べて17%増加した。

このようにJHTは、地域住民が自らデジタル化を進めることで観光業の発展を目指し、協同組合が中心となって講座や個別トレーニングを実施し、DXを進めるプラットフォームとして機能した。個々の事業者も徐々にDXに参入したことで、デジタル化の輪が広がっていくことになり、想定を上回る企業がデジタル化のスキルを向上させることになった。

JHTの事例では、観光業の協同組合がDXを進めるという目標を設定して達成のためのプロジェクトを自ら実行し(ボトムアップ)、事業者がお互いに参入を促し合い(ネットワーク)、協同組合と協力しながら(パートナーシップ)、協同組合が主催した講座や個別トレーニング(触媒作用)が機能したことでデジタル化が進み、コロナ禍以前よりもスキー客を増加させることにつながった。この事例の中にも、イェムトランドモデルの4つの重要な要素であった「ボトムアップ」「ネットワーク」「パートナーシップ」「触媒作用」を見出すことができる。

写真:イェムトランドのスキー場

出典:Johner Loyalty-Free/GettyImages 

注釈・参考文献

  1. 「人口希薄地域」とは、人口が3000人以上のコミュニティを「都市地域」と定義し、その「都市地域」へアクセスするのに自動車で45分以上かかる地域のことを指す。
  2. Tillväxt verket https://tillvaxtverket.se/tillvaxtverket/omtillvaxtverket/omwebbplatsen/felsida404.3534.html(最終閲覧日:2023年3月27日)
  3. Jämtland https://www.citypopulation.de/en/sweden/admin/23__j%C3%A4mtland/(最終閲覧日:2023年3月27日)
  4. Statistics Sweden https://www.scb.se/(最終閲覧日:2023年3月27日)
  5. 同上
  6. 穴見明,「スウェーデンにおける地域政策の変容(1)」, 大東法学15(1), 1-35, 2005-10-30
  7. 小内純子,「スウェーデン過疎地における地域再生運動と支援システム(上)」, 社会情報18(1), 1-15, 2008-12
  8. Pestoff Victor,  Between Markets and Politics Co-operations in Sweden, Frankfurt am Main: Campus Vlg, 1991
  9. Statistics Sweden https://www.scb.se/(最終閲覧日:2023年3月27日)
  10. 小内純子「2 スウェーデン “過疎地”における地域再生運動」, 『シリーズ田園回帰8 世界の田園回帰』(大森彌, 小田切徳美, 藤山浩編著), 農山漁村文化協会, 190-197, 2017-3
  11. Jämtland https://www.citypopulation.de/en/sweden/admin/23__j%C3%A4mtland/(最終閲覧日:2023年3月27日)
  12. Jämtland Härjedalen Tourism HP https://jht.se/en/(最終閲覧日:2023年3月27日)
  13. Lars Häreblad, Nordanalys and Anne Adsten, JHT, Fact about tourism in Jämtland Härjedalen 2021, Jämtland Härjedalen Tourism, 2022-10-24, https://jht.se/snabba-fakta-om-turismen-i-jamtland-harjedalen-2021/(最終閲覧日:2023年3月27日)
  14. Anne Adsten, JHT, Final report: The digital transformation 2019-2022, Jämtland Härjedalen Tourism, 2022-12-22, https://jht.se/slutrapport-den-digitala-transformationen-2019-2022/(最終閲覧日:2023年3月27日)

トップ写真:川に架かる橋の上を歩く女性ハイカー(イェムトランド スウェーデン)

出典:SanderStock/Gettyimages




この記事を書いた人
宮下祐真北欧研究所

東京大学 教養学部 総合社会科学分科 相関社会科学コース所属。デンマークのコペンハーゲン大学社会科学部にて交換留学。留学中に北欧研究所でインターン。社会科学を主専攻、人文地理学を副専攻としながら、地方創生をテーマに都市部から農山漁村への移住や地方での起業や産業の集積について研究を行っている。留学中は北欧研究所でインターンを行いながら、イェムトランド県などのスウェーデンやデンマークの地方創生についての調査やレポートの執筆を行っている。

宮下祐真

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